記憶の糸
六区

当時は全く気にもせず当たり前のように感じていた風景が
今は愛しくとても大切な物になっている。
もう戻って来ない時代を懐かしむ事は誰でもする事
其の当時の風景を見続ける事は難しいのかもしれない。
何処に暮らしていようと時代の流れは想い出深い造形をそのまま残してはくれない、
山の形さえ変えてゆく、
ましてや個人の想い入れなど考慮には入れてくれない。
眞谷地炭鉱跡の歴史的建物でさえ跡形も無く消滅したのだから。

国道452線を沼ノ沢から
本町方面に向う途中の風景
自転車で、父の車で何百回と
見ていた風景
まだ残っている事は
嬉しい事であるが、
捜し選ばなくてはならないのは
哀しい事である。

唯一残っていた福井電気も
無くなり歩道工事が進んでいた。
自分の中学高校時代最も深く
関わった街並が消滅して行く。
刻の流れの中で文明の衰退は
避け様が無い知れないが、
此処に暮らしていた者にとって、
淋しい風景である。
向かいの建物も年をおう毎に
老齢化が進み次回まで
残っているかどうか。

国道452線を沼ノ沢駅前から紅葉山方面に向いて