









当時から変らなく存在している貴重な家。








丘の上に唯一残された生家。
何時までもと願う気持ち、何時かは失われるだろう恐怖、歳を重ねる毎に消え行く現実。
記憶を繋ぎ留める為、遠い時間の糸を紡ぎ縫う2010年夏の3日間。
ほんの一部ですが写真を追加して行きます。

山の稜線は変らないが年毎に樹木の成長と伴に
見え難くなって行く。
日没後、雲の切れ間から垣間見る星空は
息を呑む美しさだった。
当時は当たり前のように見上げていた星々、
明るい夜空の下で暮らす
時間が長く続いた今見上げると
押し潰される圧倒感で覆い被さる星の多さ、
星座が判らないほどの密度。
眠さも忘れて雲に完全に隠されるまで魅入っていた。
眞谷地橋、
眞谷地と沼ノ沢の境界線。
昔は右の道路しかなかった、
小学校に入ってから左の道路が出来た。
左に行くと吉田商店の横を通って
眞谷地を縦断するメインストリート。
右は六区の住宅街。
西小学校脇の道、右に小学校の体育館、
右がブロック製の4軒二階建てのアパートが在った。
下りきって更に小道を下りると
眞谷地川を渡る橋が在る。
沼ノ沢六部に抜ける道。
化石採りに学校が終ると一度家に帰り
よくこの辺りに来た。
私が眞谷地から離れてから出来た公園、
今はパンダ以外何も無い空き地。
この茶色の住宅は老朽化で近々
取り壊されるそうです。
滑り台の向うの建物は銭湯です。
この後、入りました。
六区バス停辺りから
市街に向っての風景、
ここだけ観ると当時と大して
変化は判らないが、
当時は右側に炭住が在った。
大塚・笠間・内山さん、
同級生が住んでいた辺り。
その先に西小学校が在った。
六区バス停から住宅地に下りる坂道
当時は細い道だったが。
木造の炭住(長屋形式だった)が
立ち並んでいた。
下りた右側は公園だった。
有った遊具は、滑り台、鉄棒、
ジャングルジム、
グローブジャングルジム
(天球儀みたいな奴)、
シーソー、ブランコ、
ウンテイ、回遊塔、
6人位乗れる4点吊りのブランコ(
(今では安全基準でNGでしょう、
誰か正式名称教えて下さい)。
今でもブランコと滑り台は有る。








今も残る吉田商店、
登って来た夕鉄バス、
形とデザインが違い過ぎて
懐かしさは無い。

鬼首山に陽が沈み輝き始めた金星。
真夜中漆黒の中から獣の鳴き声、
鹿の鳴き声と理解するのに時間が掛かった。
姿を確認する事は叶わなかった。

空き地が非常に多い、昔は密集していたのに。
この白い住宅も一棟に数人しか
住んでないそうです。
公園の横にある公衆電話ボックス、
現役です。