




果たして後何年訪れる事が出来るだろうか、
益々記憶を辿る事が難しくなって行く現実が
ヒシヒシと感じる。
自分の年齢、資金も問題だが、
画像として切り取れる物、
道路自体消失するのではないか、
私有地となったりして立ち入りが禁止になる事も。


遺構の一つ、
鉄道用のホッパー跡。
ここも取り壊され無残な姿に。
今回の帰省は喪失感で
落ち込みっ放しでした。
炭鉱に結び付く風景はもう
ここには存在しない。
眞谷地は私にとって
炭鉱街以外定義出来ないのだが。
。


縦坑跡、2007年には在った建物は
全く無くなっていた。
風景が一変し面影も無い。
撮影の為
澤に降りようとした瞬間、
藪の中で鹿が澤下に逃げていった
目の前の突然の事で熊ではと
相当慌てた。
その後鹿の鳴き声がして一安心。

体育館横には私が保育所に通う前に閉じた坑道跡がある。

何時かは朽ち果て消え行く物、
この地にはこの先、新たに増える人工物は
無いのではないだろうか、
世代が代わりかつてこの地に良質な石炭を
掘っていた炭鉱が在り、多くの人々が生き
生活をしそれぞれのドラマを紡いでいた
歴史までもが錆びて朽ちて消えて行くのでは。

ここには建設事務所の
レンガ造りの重厚な
建物が在った。
前回2007年までは
まだ残っていたが、
解されてしまっていた。
閉鎖後は資材庫に
なっていたが、
まさか無くなるとは夢にも
思っていなかった。
歴史的価値、
眞谷地炭鉱の遺跡として
残して欲しかった。
更に奥には悲惨な現実が…。
