
敷地
校舎、体育館、グラウンドが在ったが、
こうやって観ると以外と狭い


2002年7月27日、子供達と石炭の歴史村へ行った刻の写真
初代夕張駅付近に展開した観光施設、炭鉱の見学施設のほか遊園地としてアドベンチャー・ファミリーや
ローズガーデン、ロボット大科学館、化石のいろいろ展示館、SL館、立体映像館、知られざる世界の動物館
水上レストランなどが連立されていた
六区側から少し離れた位置から
以前、97年夏に来た時はまだ野原だった。
ここから右に入った道は下り坂で、体育館の脇を通っている。
下って右側の最初の家は平屋の長屋で友人が住んでいてよく化石を一緒に採りに行っていた。
その何軒か下の2階建ての長屋(コンクリート製)にも大学に入るまで
良く逢っていた親しい友人が住んでいた。 今は建物は無い。
化石のいろいろ展示館
化石採集が私の趣味だったので
娘達も慣れた手つきで石を割っていた

ロボット大科学館
初代のアイボも展示されていた
私はやはりこの鉄人が嬉しかったイボ

SL館

子供たちは満足してたようです
バイキングの舳先、
他にジェットコースターも有ったのだが、残念ながら
画像が見付からない、8mmには有るかもしれないが
未だデジタル化していない
半日くらいは楽しめる遊園地だった
この日は土曜日で人出も結構あった
ローラーリュージュに向かうリフト、下にはゴーカートが
在った




1936年4月1日女子校として開校、
1951年12月15日夕張南高等学校と
改称、1983年12月9日体育館他焼失。
現在は同じ敷地内に北海道夕張高等学校が建てられている。
校歌は夕南の校歌が受け継がれているそうでちょっと嬉しい。


沼ノ沢 向陽中学校跡地
現在は校舎の位置も校名も
変わってしまった。
当時の校舎は木造2階建てグラウンドを
隣接していた小学校と共有していた。
今でもグラウンドの共有は
変わりがない様だ



真谷地から沼ノ沢へ向かう途中から撮った鬼首山、
2002年7月に帰った時の写真、HPで公開しようとは想っていなかったので、
あまり載せられる写真はありませんが、 同郷の方で懐かしく想っていただければ幸いです。
これ以前の写真も結構有るのですが銀塩ですのでスキャンするのに時間が掛かる分今回は
間に合いませんでした。
時間が前後してしまいますが準備が出来次第UPして行きたいと想います。
この山は今でも脳裏に焼き付いて忘れられない、私にとって正しく故郷の風景。
生まれてから小学校5年まで住んでいた丘の上の家からこの鬼首山が良く観えていて
四季折々色々な姿で楽しませてくれた。その下を真谷地汽車が煙を吐いて通る情景は
圧巻で幼いながらも感動した。
2002年7月26日 真谷地三区 炭鉱事務所前からの撮影
立坑は既に解体されて無くなっている
下の建物はまだ取り壊されてないが老齢化が視られる

真谷地西小学校正門
今では唯一ここに西小が在った事を
示すモニュメントとなっている。
他の敷地は野に帰している。
この門の向こうに校舎があり、
一階の左側が音楽室、
その2階が図書室で夜は
定時制高校の職員室になったと想う。
右端に用務員さんの部屋が在り、
その右端の渡り廊下を下って行くと
体育館に行けた。
その体育館の向こうに当時は、
プールがあった。

更衣室など未だなくてみんな男の子も
女の子も体育館の陰で着替えていた。
更衣室が出来たのは
私が何年生の時だったか。
今では考えられない汚いプールで
底どころか自分の体さえ見えないくらい
緑色の水だった。
雑巾の様な臭いがした。
現在の中学校
建物の位置が90度ずれていて、
緑陽中学校と名前も
変わってしまった。
写真管理者 柏樹 譲