また一軒市街の風景から姿を消してしまった。
前々回訪れた刻には空き家になってしまった事は確認していたけど。
淋しい風景になってしまったのは、晩秋だからだけではないと想う。

訪れる度に未だ建っていてくれている事に安堵する
でも、何時倒壊してもおかしくない状態である事に変わりはない
次回来た刻に同じ姿を視れるか、
不安を抱きながら毎回ここを離れる。

既に紅葉の季節は終り、エゾマツの茶色が目立つ山に囲まれ
もう直ぐ、白い世界に包まれる

真谷地汽車清真台乗降場の階段跡を撮ったつもりです

2022年11月

記憶というものは儚く脆いもの。
失ってしまった建物がどうだったか、刻と共に薄れ消えてしまう
何となく憶えていても、細部までは怪しい。
カタチあるものは何時かは壊れ姿を消してしまう
歳を重ねるごとに、記憶力の低下も否めない。
生活していた人達、文化、想い出の存在を消さないように、
自分に出来る事をなんとか、多少無理をしてでも
記録として残さねばとこの地に立つ度に強く想う。

八百屋・洋服屋・美容院・豆腐屋・自転車屋・御菓子屋・雑貨屋
写真屋・御肉屋・時計屋・床屋・駄菓子屋・郵便局・布団屋等々数
多くの商店が建ち並び、真谷地の商店街をなしていた処とは、
当時を知らない人には全く想像できない風景。

半年しか経っていませんが、前回より間違いなく
空き家になった家の痛みが進んでます。
冬を跨ぐとそうなるんですね。

春に帰省するのは久し振り、
結構花も咲き、虫達も活動が盛んで華やかさを感じる故郷。
色々な鳥の声も周りの山々から響いてました。
新緑の季節とはゆきませんでしたが夕張の春を感じる事が
出来ました。

次に帰って来れるのは早くても2023年春、
また再び、同じ風景を視られることを心より祈る。

昔から住み続けている人、途中から引っ越してきた人、出て行った人、
亡くなってしまった人、炭鉱が無くなり衰退してから新たに来た人、
それぞれが真谷地の歴史を創ったはずなのに
その痕跡が見つけ辛らくなって、既に消えてしまったものもある。
心が痛む。
少しでも映像に残したいけど、新潟からの帰省では厳しい

昨年の帰省時に三浦先生の訃報を聴き、悲しみに包まれたけど
今回の帰省で更に視覚的に哀しみがこみ上げてきた。

11月の五区、入口付近からグランドの方向の山、足元には根付き始めたエゾマツの苗木

INDEX
INDEX

園芸種が野生化してそこかしこに咲き乱れるのは
昔の風景を知る人にとっては違和感を抱いてしまう。

1年前はあれだけ人懐っこい猫達がいたのに
今回は警戒する猫ばかりで、近づいてさえ来てくれない。
以前の猫達はみんないなくなり、
代が違う猫ばかりだそうです。

流石に冬を挟まない半年間ではほぼ変わらないです。

倒壊しそうでずっと頑張ってる二棟、頑張って残っていて欲しい。